2012年を振り返る

2012年は色んなことを考えることが多かった一年だと思う。
出会いと別れ、再会と付き合いも多かった。
それでも、自身の病気が一番のイベントだったが、簡単に月ごとに振り返ることにしよう。

一月
入院に向けて準備に入る。
職場では不在中の作業引き継ぎが始まったが、なにぶん当時は課内で最も多くの業務をこなしていたので、引き継がれるほうもきつかっただろうと思う。
そんな中、急務での特注がはいってしまったり、クレーム対応が満載になったり。こういうもんですね。
病院には隔週で術前の検査などで、いよいよという雰囲気が出てきたところでした。
正月には息子が親族デビュー。曽祖父にも会えてよかったね。

二月
一週目まで出勤し、闘病生活へ。
入院前の最終出勤日には、後輩たちの暖かい気持ちを感じることができて、すごく嬉しかった。
入院中はTwitterで知り合ったかたと同時期の入院でいろいろ話ができた。いい出会いだった。
そして2/14に聴神経腫瘍により開頭手術。まさか自分が脳外科に厄介になるとはね。
闘病中の日記は当ブログにまとめていますので、気になった方はご覧ください。
ここで感じたのは家族ってやっぱりありがたい。本当に助けられました。

三月
退院。本当は二月中に退院できる見込みはあったのだが、検査でNGだったので越月。
その後二週間ほど自宅療養していました。
この頃は体調が安定せず、高熱にうなされる日もありましたが、息子から家族全員にウイルス性胃腸炎が蔓延して大変でした。
下旬には職場復帰。思っていたよりも早く復帰できたことに、上司や同僚は驚いていたっけ。
でも、未だに調子がよくないときもあるので、迷惑をかけていることにかわりはないのですけどね。
また、お彼岸に亡き義父のお墓参りへ。親戚の北海道犬シロちゃんと息子の出会いはどうだったのかな。

四月
息子が保育園に通い始める。
まだ開園してから二年目と新しい保育園で、イベントもたくさんあるようだ。
今は楽しんで通ってもらえているようなので、心配は少なくなりましたが、この当時は心配だったな。
それから、祖父の急死。息子にとっては曽祖父にあたるが、あまりに突然で驚いた。
正月に会わせることができて本当によかったと思う。

五月
この頃から仕事が忙しくなり始める。
本来ならば、復帰後半年くらいは様子を見ながらという話だったのだが、思うようにはいきませんね。
カミさんも育休から復帰したので、頑張らないとなって思い直す。

六月
中学、高校と同級生が亡くなったことを知る。さすがに驚いた。
事後で聞いたのだが、教えてもらえてよかったと思う。私も腫瘍の大きさと場所が少し良くなかったので、助けてもらえたことに感謝。

七月
学会にてお世話になっている技師さんに再会。心配してもらってしまい申し訳ない。
このとき感じたのは、メーカーの一担当者である私であるが、業界で任されているのだなと感じた。ありがたいことです。

八月
帰省して親族に息子と私の元気なところを見せることができたことが収穫。
個人的には日本平でサッカー観戦しにいくも、息子の体調不良によりキックオフ直前で帰ることになったのが残念。でも、息子が最優先なので仕方ないね。
また、同級生のお墓参りへ。感慨深い。これを期に、今年は同級生との再会が増える。

九月
幼稚園から中学まで同級生だった友達と再会。
彼とは五年くらい前に恩師のお通夜で会っていたけど、変わりなく活躍しているようで何より。
同窓会したいよねと話をしていたけど、まだ実行できていないね。動き出すか。

十月
中学の同級生、三人と再会。こちらは成人式以来か。15年ぶりになるのかな。
人に歴史あり。お互い色んな経験を重ねてきたことを知る。でも、こうした話を聞くのは悪いものではない。むしろ聞かせてもらいたい。
仕事をする上で、リーダーとして業務以外のことをケアすることも増えてきている。そのためにもね。

十一月
やっと顔面麻痺の症状が軽くなってきた。まだ油断すると口からこぼしてしまうこともありますが、瞼がちゃんと閉じられるようになってきたことが嬉しい。
主治医からも「順調」と言われているので、来年の精密検査で再発していないことを祈るところ。

十二月
高校の同窓会に参加。18年ぶりの再会に懐かしかったし、すごく楽しかった。40人近く集まるのだから凄いね。
またこうした機会があれば、参加したいと思った。
でもね、無事に年末を迎えることができたこと、それが何より。
生活する上で、仕事はしないとならないけど、仕事ができるのも健康であってこそ。身体が資本ですからね。

今年は自分にとっては転換期だったのではないかと思うのだが、仕事ことになると組織に埋れてしまって、なかなか脱け出せなくなっているのもよくわかっている。考え方とか仕事に対する姿勢が変わってしまっただけに、もどかしいところもある。ここが来年の課題となるだろう。
さて、来年はどんな一年になるかな。

2011 年末回顧

明日より実家へ帰省するため、本年を振り返っておきたいと思う。

1月
結婚式をおこなうための準備に追われる。そして、結婚式をあげたわけだが、当日は粉雪も舞うような寒い日でしたが、親族が皆いい顔をしていたのがとても印象的でした。結婚式の様子については、ブログで書いたのでそちらを御覧ください。

2月
仕事に苦しめられ始める。今年の目標にしていた徹夜作業をしないをこの時点で達成できないことに。今思えば、1~3月はひたすら仕事していたような気がする。

3月
言うまでもなく、未曾有の災害がありました。あの日は、なんとか自宅まで辿り着くことができたものの、カミさんがまだ都内にいる状態だったので、慌てて迎えに行っていたっけ。大渋滞にはまったことや計画停電による通勤マヒなど自身にも色々と経験することができたが、それよりも被災された方々のことを想うといたたまれません。家族のことを改めて思い直すきっかけにもなりました。伏線には結婚式があり、産まれてくる子供のことあり、また、私の実家はいつ東海地震が起きるかと言われ続けている地域になるので、よりいっそうそうした想いにつながったのかもしれません。

4月
右耳の異変には気がついていたが、やっと仕事も落ち着いてきたので診察を受けた。突発性難聴と診断され、闘病生活へ。

5月
久々にチームで仕事を始める。後輩二人には非常に期待している。一人は中途なので仕事はできて当たり前と思っているが、まだ一作業者にとどまっているのでなんとか引き上げたいと思っているし、もう一人はまだ二年目なので仕事のやり方を教えていって2,3年後に中心に来れるように仕向けたいと思っている。今年は自身の体調面、仕事面で抱える問題が多かったので、逆に迷惑かけていたのではないかと思うが、それでもよく付いて来てくれた。ありがたいと思う。まだ、完了していない作業になるので引き続き頑張りましょう。

6月
息子が誕生。父親になりました。新しい家族ができた喜びと責任を強く感じたのでした。息子の誕生についてもブログに記載しているので、そちらを参照してもらえればと思います。

7月
息子が退院してから暫くの間、カミさんの実家に預けていたため、3人の生活を始めたのがこの月から。ホントはじめてづくしでいい経験になります。試行錯誤しながらの子育てになっているけど、カミさんと楽しみながらやっていこうと思ったのでした。

8月
特に大きな話題はなかったが、右耳の聴力が完全に落ち込んでいることがわかったのが8月。検査技師からの「聞こえていませんね」の一言がわかっているとは言え、辛かった。そのときの顔も寂しそうな残念そうな感じだったからね。

9月
右聴神経鞘腫であることが判明。大きく考え方を変えることとなりました。まずは自身の病気を治して、家族を何よりも大切にしようと思うようになった。だからといって、仕事を二の次にするつもりはないけど、これまでのような身を削ってまで仕事に懸けることをしなくなったのは病気がわかってからですね。

10月
毎月の検査がはじまった。医療関係のメーカーに勤めているとは言え、自分が患者となるのはあまりいい気分ではない。ましてや患っているのが聴神経腫瘍ですからね。自分と同じく患っている人の情報収集のためにコミュニティを利用したり、体験談を閲覧しまくったり、自分に何が起きているのかを理解することに務めていたっけ。

11月
体調不良が隔週で酷くなる傾向がでてきたが、そうでもないときは全然平気である。特に生活に制限を受けているわけではないが、あまりお酒を飲まないようにしたり、ストレスをためすぎないようにするためにリラックスすることを考えるようになる。まだ、うまくはできていませんけどね。

12月
検査とは言え、久々の入院を経験。あまり気分のいいものではありませんね。来年は3週間程度の入院が予定されているので、シミュレーションにはなったかなと思う。

そんなわけで、今年は多くの経験と家族について大きく考えることとなった一年だと思う。絆という一字はホント今年をよく表しているなとも思いました。
そして、来年は手術を控えているし、ターニングポイントになる一年になるような気がする。しかし、それもやってみないとわからないことも多いので、まずはチャレンジとしたいと思います。

ということで、若干早いですが、今年も一年ありがとうございました。良いお年を。